「初めての大阪旅行」とベーシックインカム

2020年10月31日

    20201031日、111日の「大阪都構想」投開票まであと1日となった。

2000年代前半、私たち「Tの会」(メタボ教室第819段「大阪都構想」)20名は、大阪市内を4つの区に分けるのではなく、大阪府全体を「大阪都」にするか、大阪市とその周辺都市を含め「大大阪市」にするか考えていた。

区割りは、24区を3区ずつの8つに分け、一つの区を東京と同じ30万人程度にしようとしていた。阿倍野区・天王寺区の市会議員や住民が、西成区と合併するのを嫌がり、うまくいかなかった。2019年の大阪市の生活保護率は5.07%と全国平均の1.66%に比べ3倍、西成区は23.3%で14倍になっている。

新聞社の友人は「大阪の生活保護の基準を厳しくしたら、暴動が起こる」と言う。大阪では戦後24回、日雇い労働者による西成暴動(釜ヶ崎暴動)が起きている。1992年の第23次西成暴動は、警察官の「生活保護を打ち切る」発言から始まっている。

市役所の友人は「東京都庁前の地下街にいたホームレスはいなくなった。石原慎太郎東京都知事時代(19992012年)、東京のホームレスを追い出した。大阪の業者が新幹線代を支払って大阪に連れてきて、生活保護を受けさせた」と言う。

大阪市の生活保護の60%は他府県から来た人だ。大阪市の生活保護率は、1995年の1.80%から2005年の4.02%と10年間で2.2倍に急増している。

 

私が初めて大阪に行ったのは、中学2年終わりの春休みだった。196432731日、父と2人で「初めての大阪旅行」をした。

327日午前107分、広島県備後庄原駅を出発、芸備線準急"しらぎり"で岡山県新見駅に1142分到着。午後117分新見を出発、伯備線急行"だいせん"で岡山から大阪に向かった。大阪梅田の"商都ホテル"に宿泊した。

328日、地下鉄御堂筋線で帝塚山にある伯父の家に行った。塀に囲まれ、広い庭に松の木がある豪邸だった。伯父は阪大医学部卒で、同級生の内藤阪大耳鼻科教授には、阪大医学部入学後、大変お世話になった。午後2時、地下鉄動物園前駅(西成区)で下車し地上に出ると、仕事にあぶれた日雇いの人達が大勢たむろしていた。810人の日雇いの人達の集団がいくつもあり、それぞれの集団の中心部では賭け将棋をしている。道を埋め尽くした人の群れをかき分け、ジャンジャン横丁から通天閣に行った。

329日、地下鉄で淀屋橋の"美津濃"に行き、20kgのバーベル・ダンベル・エキスパンダ―など体を鍛えるスポーツ用品を買い郵送してもらった。地下鉄で難波に行き、大阪球場で野球を観戦し、戎橋筋・心斎橋筋を見学した。

330日、大阪で映画を観て、阪急電車で四条河原町に行き、新京極など見学し、"白東閣"に宿泊した。331日、京都駅午前1020分発急行"だいせん"で新見に行き、準急"しらぎり"で午後654分庄原駅に着いた。

庄原格致高校の先輩は、近畿庄原格致会で「これからAI導入で、職を失う人が多くなる。失業手当・生活保護・年金は廃止し、ベーシックインカムを導入すべきだ」と強く主張された。日本で暴動を起こさないためにも、ベーシックインカム(最低生活保障)を本格的に検討する時期に来ているのかもしれない。

徳永勝人 医師
(とくなが かつと)
医学博士


1968年
広島県立庄原格致高校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業

内臓脂肪型肥満、
標準体重=身長X身長X22
を提唱する肥満の
第一人者として活動中。

1983年-1985年
南カリファルニア大学
研究員
大阪大学第2内科講師
市立伊丹病院内科部長
大阪大学臨床助教授
兵庫医大実習教授
を経て
高槻社会保険健康管理センター
センター長として勤務

日本肥満学会肥満症診断
基準検討委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
著書に
  「肥満Q&A
  「食事で防ぐ肥満症」
 
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