奈良若草山の紅葉と戦前の日本

2013年11月20日

    20131117日、91歳の母が「紅葉が見たい」というので、奈良若草山へ紅葉を観に行った。 

午前1140分、ランチを食べに奈良ホテルに行った。玄関からメインダイニング「三笠」への途中には、皇室の方々の写真が飾られてあった。三笠の130席はほぼ満席で、入り口付近に1か所だけテーブルが空いていた。伝統のフランス料理を注文した。米粉のパンが美味しい。三笠の天井は高く、名画や調度品が設えられ荘厳な感じがする。

 

母は昔のことをよく覚えており、「東京本郷にある東洋女子歯科医専時代、ここと同じようなレストランで、フランス料理を食べたことがある。寄宿舎の寮は4人部屋で、同室に留学中の中国人の双子と山口県出身の人がいた。中国人の双子はお金持ちで、留学から帰るとき、ロシア人の先輩や私たちにコース料理を奢ってくれた。

昭和14年に入学したときには、中国・朝鮮・ロシアなどからの留学生が大勢いた。戦争が始まり、留学生も少なくなり、昭和18年に卒業した時には、同級生が150人から100人に減っていた」と言う。

 

戦前の日本は、日本人だけで暗い生活を送っているイメージがあったが、東京の街には重厚華麗なレストランやフランス料理もあったのだ。中国・朝鮮・ロシアなど東洋の留学生が大勢集まり、日本人学生と一緒に生活していたことに驚いた。

 

1か月前、友人は「日ロ首脳会談で、日本とロシアとの関係がよくなっている。日本の岩盤は弱く、日本には青森をはじめ核廃棄物最終処分場に適した場所がない。ロシアのツンドラ地帯には、岩盤の強い広大な土地があるので、核廃棄物を埋めることができる。シベリアに新幹線を作るなどして、ロシアに核最終処分場を頼めばいい」と言っていた。

原発ゼロ、原発再稼働、どちらになっても核の最終処分場が必要だ。核の最終処分場の問題は、ロシアやモンゴルなど東洋全体で考えるとよいかもしれない。

 

午後2時、新若草山ドライブウェイに向かった。東大寺横の大仏池周囲の紅葉は真紅になっており、たくさんの人が写真を撮っていた。若草山駐車場から山頂までの道は、苔むした緑の木々に囲まれ、ひんやりとした空気を吸い込むと、すがすがしい気持ちになる。

若草山の頂上は芝生となっており、眩しい陽射しの中で、子供たちが鹿と遊んでいた。眼下には奈良の街並みの中に興福寺の五重塔が見え、正面に生駒山、その左に信貴山、葛城山、金剛山が並び、五條市へとつづいている。

若草山はこんもりとした緑の中に、ところどころ赤や黄色の紅葉があり、とてもきれいだった。東洋の中でも、日本の自然は四季があり美しい。高齢者は健康のためにも、歩ける間に紅葉を観に行くとよい。

徳永勝人 医師
(とくなが かつと)
医学博士


1968年
広島県立庄原格致高校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業

内臓脂肪型肥満、
標準体重=身長X身長X22
を提唱する肥満の
第一人者として活動中。

1983年-1985年
南カリファルニア大学
研究員
大阪大学第2内科講師
市立伊丹病院内科部長
大阪大学臨床助教授
兵庫医大実習教授
を経て
高槻社会保険健康管理センター
センター長として勤務

日本肥満学会肥満症診断
基準検討委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
著書に
  「肥満Q&A
  「食事で防ぐ肥満症」
 
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