メタボ基準と医療経済

2009年6月 7日

    200963日朝、事務長さんが医局へ「こんな記事が載っていますよ」とその日の新聞のコピーを持ってきた。

 

見出しに「健診2年目メタボ基準異論百出、男85cm90cm、測定不要論も」とある。同僚医師が「この記事、ひどいですね。はじめから今の基準は悪いと決めてかかっている」と言う。

よく読んでみると、メタボ基準の肯定派と否定派を取材し、両者の意見がわかりやすく書いてある。が、29年間メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の問題に取り組んできた私から見ると、この記事には3つの注意してほしい点がある。

 

1は、現在の医療経済状況を考慮する必要があることだ。医療費が増えつづけ、医療費をふんだんに使えなくなっている。少子高齢化時代を迎え、今後さらに医療財政は困難になる。

記事の中で「肥満を必須条件とする現在の基準では、やせていて血圧の高い人への対策が不十分になる」とある。その通りだが、やせた高血圧の人は生活習慣の改善だけでは血圧は下がらない。降圧剤を使用することになり、医療費の削減には必ずしも結びつかない。

右肩上がりの成長期には「人の命にかかわることなら、いくら費用をかけてもいい」というのが国民のコンセンサスであった。医療のパイ(財源)は限られている。薬好きな国民が薬漬けでさらに医療費を使うと、医師不足対策や救急医療対策への財源が少なくなる。

我が国における抗高脂血症薬スタチンの販売は、年間3000億円を超えている。スタチンは年間12500人の狭心症・心筋梗塞の発症を防いでいる。1人の発症を抑えるために1人当たり2400万円のスタチンが使われていることになる。降圧薬はより多く、日本で年間5000億円使われている。

米国では1人の発症を抑えるのに、1人当たり5万ドルなら国民の同意が得られるという。日本ではその何倍も使われており、費用対効果も考慮する必要がある。

 

2に「女性の基準は高すぎるので、腹囲を下げた方がいい」という意見が載っている。それはそれでいいのだが、私の耳には腹囲基準を上げろという意見と、「男性の腹囲は厳しすぎるので、上げた方がいい」という意見と半々ぐらいで入って来ている。

 

3に「なぜ腹囲だけ問題」とあるが、メタボは腹囲だけで決まるものではなく、腹囲に加え2つのリスクを持った人がメタボと診断される。メディアの人は「メタボ=肥満ではない」ことを十分国民に知らせて欲しい。

 

日本の世界に誇れる皆保険制度を守るためにも、医療費を使わず生活習慣病予防となる「内臓脂肪型肥満に着目した対策」が必要だと私は考える。

徳永勝人 医師
(とくなが かつと)
医学博士


1968年
広島県立庄原格致高校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業

内臓脂肪型肥満、
標準体重=身長X身長X22
を提唱する肥満の
第一人者として活動中。

1983年-1985年
南カリファルニア大学
研究員
大阪大学第2内科講師
市立伊丹病院内科部長
大阪大学臨床助教授
兵庫医大実習教授
を経て
高槻社会保険健康管理センター
センター長として勤務

日本肥満学会肥満症診断
基準検討委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
著書に
  「肥満Q&A
  「食事で防ぐ肥満症」
 
目でみる臨床栄養学 UPDATE
メタボリックシンドローム

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