京都の紅葉とメタボリックシンドローム

2008年12月 7日

    2008126日、京都市東山区東大路通りにある京都李朝古美術「祇園精舎」へ行った。

李朝古美術を扱う店は少なく、全国からお客さんが来られるという。李朝は儒教の国で、白は潔白を表す。米国人が好む赤や金色と異なり、白磁は侘び寂びを感じさせる。志賀直哉、川端康成、小林秀雄など日本の文化人は白磁を愛している。

李朝陶磁器は真っ直ぐではなく、少し傾いている。おおらかで気取らない素朴さがあり、くつろげる。井上陽水の「白い一日」を作詞した小椋桂は、一日中飽きもせず、真っ白な陶磁器を眺めていたのだろうか。祇園精舎の向かいには「一澤信三郎帆布」があり、賑わっていた。

 

紅葉を観に黒谷に行った。真如堂は真紅やオレンジ色の紅葉があり、山門の前は落ちた紅葉が絨毯のようになっていた。本堂の前には菩提樹の木があり、葉がたくさん落ちていた。「この葉の先にある実で数珠ができるのよ」と妻が言う。よく見ると8cmの細長い葉の先に、直径7mmの実がついていた。

 

新撰組の本拠地だった金戒(こんかい)光明寺の横を歩いていると、京都帝國大学医學部慰霊墓地があった。献体された人のためのものだろう。阪神間には、京大系の公立病院2つがある。阪急西宮球場跡地は、阪神間の5つの公立病院が統廃合され大きな医療センターが計画されていたという。

阪神間にある病院のCCU(心臓集中治療室)は医師・看護師不足で、廃止されたり、昼間だけになるなど一気に崩壊した。「メタボリックシンドローム総合医療センター」にして、24時間いつでも心筋梗塞や脳血管障害を受け入れる病院にすれば、住民の賛同を得たかもしれない。国策にも合っている。

 

大きな病院は大学病院と同じく、診療とともに研究・教育も担う必要がある。大阪にある大きな公立病院では、卒後研修スーパーローテートの募集18人に対し70人が応募したという。大きな病院になっていれば、多くの研修医が来ただろう。

一つの医局だけでは、ぬるま湯になる。2つでは、派閥ができ対立する。3つ以上の医局が集まった方が、他流試合ができて向上するだろう。松澤佑次日本肥満学会理事長、清野裕日本糖尿病協会理事長長、中尾一和日本内分泌学会理事長の門下生が集まれば、単なる仲良しクラブではなく、緊張感のある内科ができただろう。

 

「世界を見据えたメタボリックシンドローム診療の拠点病院」として位置づけるなどのビジョンが必要だったのかもしれない。京阪神の大学医局から人材が集まれば西宮は「メタボリックシンドローム臨床研究のメッカ」と呼ばれるようになっていたかもしれない。

徳永勝人 医師
(とくなが かつと)
医学博士


1968年
広島県立庄原格致高校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業

内臓脂肪型肥満、
標準体重=身長X身長X22
を提唱する肥満の
第一人者として活動中。

1983年-1985年
南カリファルニア大学
研究員
大阪大学第2内科講師
市立伊丹病院内科部長
大阪大学臨床助教授
兵庫医大実習教授
を経て
高槻社会保険健康管理センター
センター長として勤務

日本肥満学会肥満症診断
基準検討委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
著書に
  「肥満Q&A
  「食事で防ぐ肥満症」
 
目でみる臨床栄養学 UPDATE
メタボリックシンドローム

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