夢のカリフォルニア生活とメタボリックシンドローム

2007年9月21日
 2007年8月27日に発足した安倍改造内閣で、厚生労働大臣に抜擢された舛添要一氏が29日所信表明を行った。

 舛添新大臣は「メタボリックシンドローム対策のように、"治療より予防"で予防することによって病気にならなければ、本人も苦しくないし、医療費も削減できる。皆が少しずつ努力することによって、理想的な社会保障制度ができるのではないか」と述べた。

 「ハーイ!」ロサンゼルスの朝はハーイから始まる。Good morningはあまり使わない。「こんにちわ」もハーイですませる。右手を軽く上げて、ニコッと微笑めばピタリと決まる。とにかく、ロスは明るい。1983年から2年間留学したが、カリフォルニアの青い空を見つづけ、その年8ヵ月間は傘を1度もささずに済んだ。服装も明るいものばかりだった。

 人間関係は単純明快で、ボスとの1対1の対応だけでよい。米国人はパーティでもたしなむ程度にしか酒を飲まず、酔っぱらいはいない。南カリフォルニアはストレスがかからないから、酒もタバコもなしで済ますことができる。日本では、人がひきめき合っているので、酒とタバコが潤滑油として必要となるのだろう。

 1年に2週間のバカンスがあり、1年目はグランドキャニオン、モニュメントバレーに9日間、2年目はヨセミテ、サンフランシスコへ11日間のドライブ旅行に出かけた。モーテル代は40ドルと安く、電気釜や食器を持って行き、カレーライスやラーメンを作って食べた。

 私のいた南カリフォルニア大学(USC:University of Southern California)は2万9千人の学生数で、スポーツが盛んだった。1912年以来オリンピックで毎回金メダルを出し、金メダルの獲得数は112個と日本の総獲得数98個より多い。

 アリゾナ州やネバタ州の田舎のモーテルでも、USCの身分証明書を出すと「トローヤンズのUSCか」と歓待してくれた。USCはアメリカンフットボールで有名だった。1985年1月のローズボールで、USCのトローヤンズはUCLAを破り、全米一となった。

 海外で活躍中の人物を「三顧の礼」をもって帰国してもらう。迎え入れられた人物は、権力闘争の渦に巻き込まれエネルギーを消耗してしまう。このようなことがつづくと、優秀な人材は帰国しなくなるのではないだろうか。

 国の要職にある人も、カリフォルニアの青い空のもとで暮らした方が、地位はなくてもハッピーだったかもしれない。

徳永勝人 医師
(とくなが かつと)
医学博士


1968年
広島県立庄原格致高校卒業
1974年
大阪大学医学部卒業

内臓脂肪型肥満、
標準体重=身長X身長X22
を提唱する肥満の
第一人者として活動中。

1983年-1985年
南カリファルニア大学
研究員
大阪大学第2内科講師
市立伊丹病院内科部長
大阪大学臨床助教授
兵庫医大実習教授
を経て
高槻社会保険健康管理センター
センター長として勤務

日本肥満学会肥満症診断
基準検討委員会委員
日本糖尿病学会評議員
日本動脈硬化学会評議員

NHK「きょうの健康」での
講師を務める。
著書に
  「肥満Q&A
  「食事で防ぐ肥満症」
 
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メタボリックシンドローム

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